3 下げ場の操業

 私の工房での作業手順は、最初に「下げ場」、次に「本場」、最後に「ノロ搾り」と、概ね「下げ」の手順を踏襲して行っています。ただし、一般に云われている「下げ」の仕事と内容的には同じではないので、別物としてご理解をお願いいたします。

3.1 下げ場での炉底の作り方

 まず最初に下げ場の火床の準備をします。私の工房で下げなどの作業をする時は、その都度、火床の底に十分に湿った粉炭を羽口の下1寸の所まで入れて十分突き固めておきます。昔から卸鉄などの仕事をする時、吸炭させる時には湿気を遠ざけ、脱炭させる時には湿気を使うのが私たちの考え方です。この作業では敷き詰めた粉炭に湿気が足りない時は、さらに火床の底へ如雨露で水を十分注ぎます。こうする事により操業中に継続して火床の底から十分な水蒸気を供給する事が可能になります。これなどは水火床の技術を応用している部分です。私達はこの様に水を一つの道具として使って来ましたが、水蒸気が銑鉄を脱炭させるに於いて、どのような働きをしているかは未だに科学的には十分解明されていない様です。

3.2 下げ場での地鉄の配置

 私の工房の「たたら」で作る銑の塊はほとんど鋳型に流し込んである為に扱いやすく、アーチ状か、もしくは羽口側に開いた家型にして、羽口の前1寸程度の所に約1貫目を積むのが普通です。経済性を重視するならもっと多い方が良いのですが、個人の小さな工房ではこの程度の大きさの地鉄を処理するのが限界なのです。それ以外の不定形の銑も羽口の前1寸程度の所に積み上げて作業を行います。(図5)何れの場合も羽口から出た風が積み上げた地鉄を包み込んで更に周りの炭へ平均に流れて行くように工夫をしています。これを怠ると地鉄全体に風が当たらず、火床の中でも温度のむらが出来て地鉄を平均に加熱する事が出来ず、作業は失敗します。


地鉄の配置の様子

3.3 下げ場で使用する炭

 使用する炭の種類、大きさ、硬さ、量などは、卸鉄をはじめとするこの様な仕事をするに於いては重要な要素の一つで、地鉄の状態や使用目的により細かく調節する必要があります。

 私の工房の下げ場では、材料の銑として氷目銑を多く使いますが、これは炭素量が多く溶けやすい銑です。この氷目銑には時間をかけて十分脱炭が行われるように、主に雑木などの炭を使用します。雑木の炭は松などの炭に比べて硬いので、酸化の速度が遅く時間当たりの発熱量も少なく、当然減り方も少なくなります。こう云った炭は地鉄の上にドーム状になって留まり、じっくり地鉄を加熱するのに向いています。

3.4 下げ場の作業および送風

 私の工房では通常、下げの作業を行う時には、最初に一度卸鉄などの仕事をして炉自体の温度を上げ、炉を安定した状態にします。次に炉底を整えて地鉄を配置します。火種を入れて、その上から大量の雑木の炭を被せます。送風は地鉄に部分的な温度のむらが出来ないように気をつけて調節する必要があります。

 15分〜20分経ち地鉄全体が赤くなり、更に部分的に地鉄が溶け始めると、炎の色が部分的に黄色く変化します。こうなると、脱炭を始める為に送風量を徐々に増やし始めます。地鉄が溶けて脱炭が進んでいる時は炎の色は全体に濃い黄色でその状態を保持するように送風量を調節します。また操業中、炎の色が更に濃くなり黒い煙がモクモクと上がる事が有ります。その場合は温度が上がり過ぎて銑が急速に溶けて燃えている時ですから、火床の温度を下げるように如雨露で炭の上から水を注ぎ、上面の炭の火を消します。こうすると上面の炭を取り除いたのと同じ効果が有り火床の温度が下がります。また、ドーム状の炭の構造を維持する事にも役立ちます。

     
 銑が溶け始めた時の炎    銑が盛んに溶けている時の炎

 炎の色が変わってから25分〜30分程経つと地鉄がほとんど溶けて反応が収まり炎の色が少し落ち着いてきます。こうなると更に送風量を増やし炉内の温度を上げて残った地鉄を溶かします。次に地鉄の上の炭を取り除き完全に地鉄が溶けている事を確かめます。次に送風を止めて炉内の炭をかき出し、溶けた地鉄が固まるのを待って取り出し、水に投入して冷却します。

 水から取り出した地鉄は乾かした後、突き出した角や底に付着した炭などを取り除きます。この時、地鉄の酸化によるノロはほとんど出来ておらず、目方の減り方も5パーセント以下です。この作業で氷目銑はおおむね蜂目銑になります。


下げ場で出来た蜂目銑

 出雲地方で行われていた大鍛冶の下げ場ではもっと脱炭が進んでいたようですが、小型の炉での短時間の操業ですから、脱炭もこれくらいが限度かと思います。又、水火床に比べても脱炭の状況はかなり不十分な結果となりますが、炭が異なり、焼銑窯での前処理もしていないので、この程度かとも思います。

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